安定郷は古くは平埔族西拉雅族直加弄社(Tackalan)の居中地であり、「タカラン」とは西拉雅族語で「港」を表す言葉の通り
台江内海に面した小さい港が設けられていた。
鄭成功の時代より漢人の入植が進み「永定里」と称されるようになり、清による統治初期に「安定里」と改称された。
1823年、
曽文渓の氾濫により河道が変更されると、大量の土砂が流入し陸化が進み、港湾としての昨日を失い農村へと転換した。
1920年の台湾地方改制の際、この地に「安定庄」が設けられ台南州新化郡の管轄とされた。戦後に台南県安定郷と改められ現在に至っている。