産業社会という言葉が登場したのは、産業革命後のことであり、
サン・シモンや
ハーバート・スペンサーは、段階論的に軍事的・封建的社会に対比させて産業的・科学的社会という概念を提示した。
オーギュスト・コントも含め、これらの思想家の場合、産業的という表現は、科学的、平和的、実証的という言葉と同義語であり、産業や科学は人間社会に秩序ある平和と豊かさをもたらすものとみなされたのである。そして、その振興と発展がフランス革命後の混沌としたヨーロッパ社会を再組織化するものであると考えられた。
そして、産業社会は、生産性向上と効率化の必然的帰結として次段階の
脱産業社会へと移行する。なお、来るべき次の社会には諸説あり、1960年代の脱産業社会論、知識社会論の影響を受け、日本では
情報社会論がブームとなった。
ダニエル・ベルや
ボールディングらが唱えた
脱産業社会が「未来社会」の展望であったのに対し、日本の「情報社会」は産業社会の延長線上にある高度産業社会というべきものである。